なぜ観に行こうと思い立ったのか、今となっては自分でも分かりませんが
興味があったんでしょうね、たぶん(笑)。

ブラックメリーポピンズ「ブラック メリー ポピンズ」世田谷パブリックシアターP列
13:00開演  15:00終演
脚本・作詞・音楽:ソ・ユンミ   演出:鈴木裕美
出演:音月桂、小西遼生、良知真次、上山竜司、一路真輝

【あらすじ】
1930年代、 ドイツの著名な心理学者グラチェン・シュワルツ博士の豪邸で火事が起こり、博士の遺体もろとも全てが燃え尽きた。 全身に火傷を負いながら、 猛火の中から博士の4人の養子達、 ハンス、 ヘルマン、 ヨナス、 アンナを救い出した養育係メリー・シュミット。 しかし、 翌日メリーは失踪。子供たちは誰一人その悲惨な事件を憶えていない。 人々は当時発表された童話の名をつけて "ブラック メリー ポピンズ事件" と呼んだ。それから 12年。 いつしか事件は忘れ去られ、それぞれ違う家庭で新しい人生を送っている4人に、グランチェン博士の手帳が届く。 そこには事件の真相が…。 狂気の歴史の渦の中、傷ついた心が守り抜こうとした愛とは?



フライヤーを裏返すとこんな感じ。
ポスターはこちらのビジュアルを使っていたようです。
裏
これは日韓同時公演という作品なんだそうです。
韓国ミュージカルというと「シャーロックホームズ〜アンダーソン家の秘密〜
を思い出しますが、登場人物が割と少なくて、アンサンブルがおらず
いずれもミステリー、という点では、類似点が多いな、と思います。
そもそも、ミュージカルと音楽劇の定義って何だろう・・と思ったり。
ま、別に面白ければミュージカルでも音楽劇でもいいんですが(笑)。

この作品は面白かったです!観に行ってよかった。
事前にP.L.トラヴァース著の「メリー・ポピンズ」を読んだりもしましたが、
あまり必要なかったかな(笑)。

 事前に、スキップさんから「音月桂さんは宝塚出身で歌もお上手」と
伺っていたので、楽しみにしておりましたが、一路さんも宝塚出身。
確かに観客はリピーターも多いし、音月さんも退団後の初めての
ミュージカルだったようで、ファンの方もたくさんいらっしゃったようです。





ストーリーの分かりやすさと切なさは、 「シャーロック〜」に通じるもの
があって、もしかすると韓国作品の特徴なのかもしれませんね。
(ちなみに私は韓流ドラマは興味ナシで、1本も観たことはありませんが)

舞台は、真っ白で真ん中にソファがある部屋でのワンシチュエーションもの。
部屋の左右の壁は真っ白のカーテンになっていて、影が揺れて
映ったり、カーテンそのものが揺れたり、心理状態と微妙に
リンクしているように見えて、上手いなーと思いました。 
また舞台中央の盆のほかに、小さな盆が4つあって、キャストだけが
その場でぐるぐる回る・・という演出も、効果的だったと思います。

幸せな子供時代を送っていた4人が、自宅の火災がきっかけで
バラバラに引き取られて育ち、再会をします。
呼び出したのは長兄で弁護士をしているハンス(小西遼生)。
ハンスの元に火災事件を調べていた刑事から送られてきた、父親の
残した手帳を見て、あの火災は単なる事故ではないと確信、兄弟の
記憶のピースを繋ぎあわせようとしています。
自分たちが失ってる記憶に真実があり、失った記憶を取り戻すことで
幸せも取り戻せると信じて。

でも、再会した兄弟たちは幼少期とは違ってしまっていて・・。
お調子者だけど絵が得意だったヘルマン(上山竜司) は暴力事件を
起こして警察の世話になり、作家志望だったヨナス(良知真次)は、
編集の仕事をする中で読んだ「メリー・ポピンズ」がキッカケで
不安神経症を発症し、怯えながら今は施設で過ごしている。
活発で負けず嫌いだったアンナ(音月桂) は引きこもりがちで家事
手伝いをしながら静かに暮らしていたのだけど、この3人の共通点は
あの火事の事を何も覚えていないのに、何かしら影響を受けている事、
そして

「あの事件の事は思い出したくない」ということ。

それぞれが、失われた記憶の中に“何か”がある事は感じていて
でも、パンドラの箱のように、開けてはいけない・・とも感じている様子。
唯一ヨナスだけは、思い出したこともあるらしいけど・・・。
ヘルマンの嫌がりぶりは生理的に受け付けない、と言う感じだし
ヨナスの怯えぶりは、ちょっと痛々しくなるぐらいです。
そんな中で、どうしても思い出させようとするハンスの冷静さが
傲慢にも思えるのだけど、実はハンスにも自分が父親殺しの犯人
ではないかという想いに囚われ続けたトラウマがあったのですよね。

セットも衣装も同じまま、随時に幼少期の回想シーンが差し込まれ
ながら自分の過去を探る事になるのですが、全く違和感なく、
表情やら演技でキッチリ見分けがつきます。
幼少期で特に面白かったのがアンナ(音月桂)でしょう(笑)。
大いにジャイアニストを発揮して、おきゃんを通り越して男の子。
椅子取りゲームでのあまりの男前(?)ぶりに、思わず笑って
しまいます(笑)。
話しが進むにつれて、少しずつ当時の男前ぶりが見え隠れ
するようになる変化が、面白いなあと思いましたね。

アンナもヘルマンもお互い惹かれているのに(養子だったから問題
ないんでしょうね)、何故か避けてしまう事も、全てその「失われた過去」
に原因がある事が徐々に明らかになっていきます。
そして、全てを思い出すのですが、自分たちの記憶は「奪われた」
のではなく、自分たちが望んで「捨てた」モノであったことも思い出します。
それはあまりにも辛く、そうすることが唯一の方法に思えたから・・。

最期、もう一度記憶を封じようとメリーの元を訪れた4人だったのに
結局それを拒否したのは、意外にもヨナス。
そして、全員が辛い過去も受け入れる事に同意をするのですが
その時のライティングが素晴らしく美しくて、とても印象に残ってます。
(後で調べたら、やはり照明は原田保さんでした)
そして、暗転の後には、両袖にあった白いカーテンが取り払われ
広い舞台が現れているのですが、これがまたメリーを含めた全員の
曇りのなくなった心のうちを表しているようで、象徴的でした。

あの記憶を背負うのは、子供には辛すぎた。
だから、あの時の選択は必ずしも間違いとは言えなかったでしょう。
「全てを思い出すことが幸せな事なのか?」と舞台を観ながら
私自身も考えてしまいました。
でも・・・やはり、「何があったか分からない」状態を引きずるのは
人として、より辛いかもしれない。どんなに辛い記憶でも、乗り越える
事が出来なければ、その辛さからは永久に開放されないのだな
と思ったエンディング。
失われた時間を、きっとこれから時間を掛けて、今度はこの5人で
助け合いながら取り戻していけるんだろうな、とも思えましたね。

音月さん、可憐さもあるし、男前なところは笑わせてくれたし(笑)
歌も安心して聞けてステキでした。
上山君は「Bitter Days, Sweet Nights」で代役で出演した時に
拝見した事を覚えていますが、その時はあまり印象が無くて。
でも今回はとても良かったと思います。
良知さんは、初見かしら。ジャニーズから劇団四季経由で東宝芸能
という、ちょっと珍しい経歴の方のようですが、アルジャーノンでも
拝見できそうなので楽しみです。
一路さん、殆どが回想シーンでしたが、顔に痣があるのは
まるで月影千草で、少しクスっとしてしまいましたが、母性も
感じられて、良かったですね。

期待していなかった訳じゃないけど・・席も最後列だったりしたけど
思いがけず引き込まれ、照明の美しさなどが堪能できて
満足感の高い1本となりました〜♪