森山未來君の帰国後の1作目と言う事で話題になった作品。
私は知らなかったのですが、友人は原作を知っていた様子なので
有名な作品なんでしょうね。(すみません、無知で。)

プルートゥ「プルートゥ PLUTO」シアターコクーンO列
19:00開演、21:55終演
原作:浦沢直樹×手塚治虫  演出・振付:シディ・ラルビ・シェルカウイ
上演台本:谷賢一   映像・装置:上田大樹 
出演:森山未來、永作博美、柄本明、吉見一豊、松重豊、寺脇康文、上月一臣、大植真太郎、原田みのる、池島優、大宮大奨、渋谷亘宏、鈴木竜、AYUMI 他
【あらすじ】 
人間とロボットが共存する時代。世界最強といわれるロボットが次々と破壊される事件が起こる。高性能刑事ロボット、ゲジヒト(寺脇康文)は犯人の標的が、自身を含めた7体の大量破壊兵器となり得るロボット達だと確信。日本に渡り、限りなく人間に近い存在であるロボット、アトム(森山未來)と共に謎を追うことに。ゲジヒトは日々、忌まわしい悪夢に苛まれ、妻ヘレナ(永作博美)も彼の不調を感じ不安を隠せない。アトムもまた、お茶の水博士(吉見一豊)に愛情豊かに育てられながらも、自身の生みの親である天馬博士(柄本明)との複雑な関係がその心に影を落としている。時を同じくして、アトムの妹で悲しみを察知する能力を持つウラン(永作博美/2役)が廃墟の壁に花畑の絵を描く不思議な男と出会う。そこにアトムが駆け付けると、男に異変が起こり…… 



「中2階」と「2階」の両方に立見が出ていて驚きました。 
これはあの有名な「鉄腕アトム」で人気のあったエピソードの
「地上最大のロボット」というものを、「20世紀少年」で有名な浦沢直樹
さんが別の視点から描いた長編漫画の舞台化なんだそうです。
原作にファンが多くついていそうだなーとは思っていましたが、
私自身は読んだ事もないので、特に何の思い入れも無く・・・。
逆に演出家が日本人ではないので、どんな作品になるんだろう?と
楽しみな反面、不安もあったりしました。

この日ではありませんでしたが、あの“pepper”も出演する回が
あるのだとか。ロボットをテーマにした舞台に本物のロボットが出るなんて
なんかすごい世の中になったなあ、と思わずにはいられません。

舞台のツラの部分にはロボットや機械の残骸が積み上げられています。
色は全てグレー。
近づいて観てはいませんが、細かく作られているようです。

演出もストーリーも奥が深く、書いても書いてもキリがなさそうだし
きちんと書ける自信も全くないのですが、思うところだけは残しておきます。

 
 
 
観終わって「なんか凄いものを観ちゃった気がする」と思いました。 
原作を読んでいないから分かりませんが、原作をきちんとリスペクトし
(いい意味で)そのまま舞台にしたような印象を受けました。
ここ数年、そこそこの本数の舞台を観ていますが、演出も新鮮で
次は?次は?と想いながら観た作品でした。

アトムやゲジヒトはロボットだけど、カクカク動いたりはしません。
でも、白い衣装を着たダンサー達が彼らを操るような仕草をみせて
それによって、ロボットは自分の感情で自発的に動いているのではなく
機械として動いているのだ、という事を表しています。
でもこれ、常時居ると鬱陶しいなあと思っていましたが、特に後半は
出現する機会が減りました。
もしかすると、人間のように自分で判断して行動している・・という事を
表しているのかもしれません。
アブラー博士には一度もこのダンサー達は付きませんでしたしね。

その“白い衣装を着たダンサー達”は舞台上にある積み木状のものを
組み替えもします。
積み方によっては1枚の板になるけど、電話ボックスのようにしたり
テーブルのように使ったり・・と変幻自在。真っ白なのでここに
プロジェクションマッピングで映像を投影する事によって、更にいろいろ
形を変えていくんです。

また劇中では漫画のコマ割りのような大きな板状のものがあり
そこに原作漫画が映し出される事もあります。
ちゃんとセリフも書かれているのだけど、役者の話す台詞とは違う。
同じシーンをダブらせているのではなく、あの原作漫画は、あれは
あれでシーンを膨らませるのに使われているんですよね。
個人的にはこういう手法は、舞台ではどうだろう?と思う事が多い
のですが、不思議と今回は全く違和感が無かったのが不思議。 


そして舞台の内容なのですが・・・。
アトムはトビオが食べられなかったものを食べられ、トビオが嫌いだった
勉強をしたために“出来損ない”として捨てられてしまうシーンがあります。
ならば“出来損ないではないロボット”って何なんだろう。

人間やロボットを殺さないようにプログラミングされているはずなのに
ブラウ1589は人を殺していた。ゲジヒトもね。
じゃあ、ブラウ1589やゲジヒトは故障していたかと言うとそうではない。
「ロボットは(真似をしたり、状況で判断しているだけで)感情を持たない」
のが定義なのだとしたら、ブラウ1589やゲジヒトや人間を殺したきっかけ、
ゲジヒトが見る悪夢は?ヘレナの慟哭は?

“人間とロボットは違うのか”がテーマの一つでもあるようなのですが、
天馬博士が2度ほど「人間もロボットも死んだら生き返らない」と
言っていて、この人の中ではもうロボットも人間も同じだと思って
いるんじゃないかな、と思うんですよね。
完璧なロボットというのは人間なのか?とか思ったり・・。
だからこそ、アトムを出来損ない呼ばわりしたのだと思うし、また
ブラウ1589も天馬博士を演じた柄本さんが声を担当していたことが
象徴的にも感じられて。

あとゲジヒトの経験や記憶データのICチップを妻のヘレナから
「これは魂といいます」と受け取る天馬博士。
なんか“魂”というものの、一つの定義を見せられた気がします。

ゲジヒトの“憎しみ”を引き継いだ新生アトムも“憎しみ”の感情を持ち
兵器を完成させてしまったりする。
生まれ変わったアトムが、道路にいたカタツムリを持ち上げて少し
悩むシーンはドキドキしたなあ・・・。
最初のアトムだったら有無を言わさず助けていたけど、もしかして
握りつぶしちゃったりするんじゃないか?って思ったりもして。
憎しみを持った事よりも、その憎しみを抑えられる力を得られた事で
アトムがまた人間に一歩近づいたように思います。

そうなんだよな、人間は憎むこともあるけど、赦す事も出来るはず。
そして、アトムを助けたのがウランに助けられたサハドだった事に
少し希望が持てるエンディングでした。

とはいえ、ここに出てくる第39次アジア戦争は明らかにイラク戦争
をモチーフにしているし(大量破壊兵器がある事を大義名分に攻撃を
しかけたものの、兵器は見つからず民間人を死に至らしめた)その
報復がずーっと続くなんて、今のイスラム国の話やらテロの話もあって
とてもノン・フィクションとは思えないですもの。

ラストに出てきた大きな風船状態のもの。あれはもう、圧巻でした。
映像なのか、内側から細工しているのかは分かりませんが
まるで生きているように動く大きな風船の中から、無数の人の顔が
浮き上がってくる様子は、人の感情の具現化のようで、とにかく
不気味としか言いようがなくて、それに飲みこまれそうなアトムから
目が離せなくて凄かったです。


ああ、やっぱりこんなことを書きたいんじゃない!っていうか
書きたい事が書けない自分の文章能力の無さが恨めしい・・・。


役者さんについても、少し書いておきます。
森山未來君は抑えた演技に、ずば抜けた身体能力が・・すごい。
空も飛びますし(笑)、飛ばされてさかさまになったりもします。
ふとめくれたシャツから覗く、未來君の腹筋はめっちゃ締まってました(笑)。
ウランとヘレナという全く違う2役を演じた永作さんも良かったですね。

ああ、もう一度ぐらい観たい気分です。
そして、原作漫画も読んでみたいなあ・・・。
この作品なら、海外で公演してもいいんじゃないだろうか?と思いますね。


そう言えば客席には新感線のいのうえひでのり氏の顔もありましたね。
いのうえさんがこの舞台を観てどう思ったのか、とても興味あります。