新国立劇場を出たのが15:45頃。
余裕で三軒茶屋へ・・なのですが、何と驚異の16:30開場、17:00開演。
土日は18時開演が殆どなので、この公演の開演時間が際立ちます。
かといって上演時間が長いかと言えば90分で、むしろ短いほう。

スポケーンの左手「スポケーンの左手」シアタートラム C列
17:00開演 18:35終演
作:マーティン・マクドナー  翻訳・演出:小川絵梨子
出演:蒼井優、岡本健一、成河、中嶋しゅう
【あらすじ】 
17歳の時に米国の都市スポケーンでチンピラに左手を切り落とされたカーマイケル(中嶋しゅう)は、中年となった今も左手を探している。見つければ500ドルもらえると聞き、トビー(岡本健一)とマリリン(蒼井優)は博物館に展示されていたアボリジニの手首を持って行くが……。




そうそう、これもマクドナー作品でした。
舞台が真ん中にあり、それを挟むように客席が作られています。
舞台と言っても、高さは殆ど地面と同じですから、ちょっとした
すり鉢状って言う感じでしょうか。

片側には窓、窓際にはベッドと電話が置かれたサイドテーブル。
反対側にはバスルームと思われ、水道の蛇口と便器。
ドアはバスルーム側ですね。



この部屋はカーマイケルが宿泊するホテルの部屋。
ベッドの近くにあるクローッゼットには人が押し込められているようで
扉を開けた途端、その閉じ込めている人に対して問答無用で
銃を打ち込む様子に「うえぇっ」と思ってしまうオープニングです。

アボリジニの“手”を持ってきたマリリン、クローゼットの中で
銃を打ち込まれて死にかけたトビーとの会話でカーマイケルの
過去が明かされます。
カーマイケルは昔、スポケーンでチンピラたちに襲われ、
手首を線路に押し付けられ、そこに電車が通って手首を落とす
羽目になった、そして“その手”をずっと探し続けているという過去を。
「は?手?」と思っちゃうのですが、カーマイケルは至って真剣。
博物館にあったアボリジリニの“手”のミイラをカーマイケルに
売りつけようと思っていたマリリンとトビーはカーマイケルの真剣さを
甘く見過ぎていた事が分かり、絶体絶命の状態に。

スーツケースを開けた瞬間、いろんな“手”のミイラが溢れた時の
グロさ、異常さと、その“異常な状況”を全く異常と思わない様子の
カーマイケルに不気味さと、思いの深さを感じて「恐っ・・」と
思います。
ただ、母親を案じて電話をする様子は少しマザコンぽい要素もあり
そのアンバランスさが、カーマイケルのいびつな過去、成長過程を
表しているようにも思えます。

冷酷で思い込みが激しくて、病的とも思える固執・執着に“異常さ”を
感じるカーマイケルなのだけど、何故かホテルの従業員マーヴィンが
登場すると、カーマイケルの異常さは一瞬で“可笑しさ”“情けなさ”に
変わってしまうように思われるます。
彼の“左手”を失ったエピソードを何の疑いも無く聞いていたのに
マーヴィンの話を聞くと、カーマイケルのエピソードがさーっと色褪せる
というか、写真がイラストに変わってしまうような感覚に襲われる。
それはマーヴィンが誰よりも状況を俯瞰しており、そしてある意味
彼が一番“異常”だからなのかもしれない、と思ったりもするのですが。
淡々とした話し方が滑稽でもあるし、恐くも感じる。
成河くん、上手いなあ・・と思いますね。

おそらく・・・マーヴィンの指摘は正しく、カーマイケルの左手は
チンピラに落とされたものではなく、自分のせいで失ったもの
なのではないでしょうかね。「切り落とされた」と思い込もうとしている
ような感じですし。
ただ、見つけた“手”を愛おしそうに触れる様子からは、本気で
その左手を探していたのは間違いがない気がするし、
同時にカーマイケルの自身の“過去”も探していたように思われます。

カーマイケルとマーヴィンを前にすると、トビーやマリリンは
何て分かり易い人たちなんだ・・(笑)。
蒼井優ちゃんは、こういう役の方が似合う気がしますね。
あのキンキンした声も役に合っていましたし。
岡本さんもあのメイクのせいで一瞬「この人誰?」と思いましたが
違和感はなかったです(笑)。

ここまで書くとすごく重い芝居のように思われるかもしれませんが
笑える部分も随所にありました。
小川さんの演出作品は、私的に必ずしも全てが“当たり”ではない
のですが、これは“当たり”のほうでした。
今まで観たマクドナーの作品とは雰囲気というか空気感が違うのは
訳によるものか、演出によるものか・・は分からないんですが。

それにしても、Twitterでフォロワーさんも呟いていましたが
今年は全裸とかパンイチ姿の俳優さんを良く舞台上で見た気がします・・・。