今日はフレックスを使って、16時過ぎに職場離脱。
約2週間の公演期間のうち平日ソワレがあるのは2日だけ。
しかも17時開演。もう、一体誰に来てほしいと思ってるんだ?
なんだか「別に来なくていいよ」って言われているようで不愉快。

グレート・ギャツビー「グレート・ギャツビー」中日劇場6列(3列目)
原作:F・スコット・フィッツジェラルド
脚本/演出:小池修一郎
出演:井上芳雄、夢咲ねね、広瀬友祐、畠中洋、蒼乃夕妃、AKANE LIV、田代万里生
【あらすじ】
作家志望のニックがニューヨークで居を構えたのは、毎夜のように豪華絢爛なパーティーを開く謎の大富豪ジェイ・ギャツビーの豪邸の隣。ニックはある夜、ひとり佇み湾の向こう岸の灯りを見つめるギャツビーの姿を目にする。そこにあるのはニックのいとこデイジーとその夫トムの邸宅。ニックは、ギャツビーに興味を抱き始める。そして遂にギャツビーのパーティーに足を踏み入れたニックは、デイジーの友人ジョーダンとの出会いを通じ、ギャツビーの過去を知る…。やがて、ギャツビー、デイジー、トム、そしてトムの愛人マートルとその夫のジョージ、それぞれの想いが交錯していき、物語は悲劇へと―。


今回は芳雄ファンの友人がチケットを取ってくれたので、すごい
前方席でした。オケピの部分が張り出し舞台になっていて
オケはステージ後方だったので、尚更近い。こっちが緊張する・・(笑)。
中日劇場でこんなに前の席は、2度目ぐらいだわ。

まあ、色んな企画がされていて、チケット苦戦しているんだろうな
と思いましたが、1階席も後方は案の定空席がありましたねー。






「グレート・ギャツビー」という話は初めて観ますが、
「華麗なるギャツビー」と言う映画があった事は知っていますし
昨年たまたま見た映画「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」に
作者のF・スコット・フィッツジェラルドが登場していたので
何となく興味のある作品でした。映画では「グレート・ギャツビー」
の後、かなり経済的に困窮してしまった後が描かれていましたけど。

この舞台は、セリが多用されていました。
水着姿でプールサイドにあるデッキチェアにギャツビー(井上芳雄)が
腰かけていると、何者かに銃で撃たれるシーンがオープニング。
そしてしばらくは隣人であるニック(田代万里生)の回想シーンという
感じで、その殺人までのエピソードが描かれています。

ストーリー自体はそれ程複雑なものではないんですね。
若い頃、結婚を約束した兵士と富豪の娘が引き裂かれるのだけど
男は汚い事も危ない橋も渡りながら、財産を築き上げ女を追うが
女は猛アタックしてきた、上流階級の男と結婚して一女をもうけていた。
でも旦那は浮気をしていて、そんな生活に嫌気がさしている。
そこへ昔の男が現われて−っていう。

私は宝塚の舞台を観たことが無いですが、宝塚の舞台ってきっと
こんな感じなのかな、と思うような舞台でした。
実際に、宝塚では随分前から舞台で上演されているそうですし。
セットも豪華だし、フラッパー達の衣装や髪型が思い切り可愛い。
アンサンブルの男性の髪型も、何だか宝塚っぽいなーなんて思うし
大人数のダンスも華やか。
ギャツビーの衣装は、生地に光沢があって近くで見ても皺なんか
全くないし、芳雄氏自体も姿勢が良いからスーツが映える。
とにかく目で見て豪華!
スーツのパンツの両ポケットに、親指だけ入れた状態で振り返る
なんて、なかなか普通やりませんから(笑)。
「君は薔薇より美しい」とか一歩間違うと笑いが起きそうだし。
そもそも舞台上に、本当に動いて人が乗り込める「車」が2台も
出てきて驚きましたよ、電動みたいでしたけど。

しかし、音楽はどうなんだろうか。
なんか歌い上げる曲は芳雄氏と夢咲ねねさんに集中してしまって
いるような印象で、田代万里生君の歌も堪能したい・・と
思っていたのにそう言う楽曲は殆ど無い。
そして、どの曲も難しいし、難しいから記憶に残らない。
歌ウマさんが揃っているはずなのに「ん?半音ずれてる?」って
思うときがあるぐらいでしたから。
ま、私ごときがミュージカルを語る事は出来ませんけど(爆)。

私の友人(井上芳雄ファン)は「上手くいったストーカーの話」
って言い放ってましたけど、上手くいったか?とは思うので
「ストーカーも純愛も紙一重」っていうパターンの話だよな、と。
デイジーはトムとの生活を選び、ジョーダンはキャリアを選ぶ。
マートルのような女性もいたけど、結局は女性の方が「生きる」事に
貪欲で自分の気持ちや欲望に素直、っていう描き方ですね。
友人は「デイジーは良心の呵責を負ったまま生きていくでしょ」って
言ってましたけど、私はそうは感じなかったというか、「そんな事も
あったわね」って消化してしまうんじゃないかな、と思えました。
全体に、女性の描き方が意地悪かなーと思う所はあったかな。

そして、面白いというか、興味深かったのは「アメリカ貴族」っていう
モノがあるんだーという事と、「合衆国建国前からの由緒ある家柄」
っていうセリフ。
ネイティブアメリカン以外は、結局殆ど移民で大差ないじゃんねー、
と私なんかは思っちゃうし、それらはヨーロッパに対するコンプレックス
なんじゃないすか?と思えてしまって。

でも、この作品が何度も映画化されて、愛されているいるのは、
このギャツビーという人間がある意味男性の理想像として
描かれているのかな、とも思います。
実は隠れて自らを磨くために努力をし、親の援助を続けていた。
そう言った所は見せずに、華やかに身づくろいをして、華麗に暮らす。
麻薬など、絶対悪には断固として手を出さず、愛する人の為になら
汚名をきて、命まで投げ出す、それが報われなくてもー。
(二都物語に続いて、また貴方は人の身替りになって殺されるのね・・)
また、そういう役が井上芳雄氏に似合っていました。
今の井上芳雄のための役と言ってもいいんじゃないだろうか(笑)。

舞台を観終えて、晩御飯を食べに行った際に前述の友人が
「ギャツビーが“君の子どもなら愛せる”って言ってたけどさー、
めっちゃリアルに聞こえて笑えたわー」って言っていて、
思わず吹いてしまいました。良かったよ、開演前にその話聞かなくて。
聞いてたら、そうとしか見えなくなっちゃってたからね(爆)。