チケット取るのに苦戦するだろう・・と推測し、最初から
人気の高い土日を諦め、夏休みを使って平日にやって参りました。

子どもの事情「子どもの事情」新国立劇場中劇場 5列(2列目)
18:30開演、21:00終演
作・演出:三谷幸喜
出演:天海祐希、大泉洋、吉田羊、小池栄子、林遣都、春海四方、小手伸也、青木さやか、浅野和之、伊藤蘭
【あらすじ】
舞台は1971年、世田谷区にある楠小学校。いつも放課後学校に残っている4年生8人(Super8)が楽しみに待っていたのは転校生。その転校生のジョーがやってきてから皆の人間関係がちょっとずつバランスが崩れ始めていく・・・。

 

私は天海祐希さんが大好きなので、絶対観たかったですが、
ある意味ドリームキャスト的な座組みですので、たとえ
天海さんが出ていなくても、観に来たであろう作品です。
当日券を求める人が徹夜までしている、と知ってビックリ。

三谷さんの舞台に出る天海さん・・というと、天海さんが降板を
せざるを得なかった「おのれナポレオン」 を思い出しますが
ある意味リベンジ的な気持ちもあるんだろうな、なんて勝手に
思ったりもします。

舞台は教室。上手(廊下側)の窓には生徒たちの絵が貼り出され
ています。
そこにツインテールの女の子がフラっとやって来て、
最前列の机で何やら書き物をはじめ、そこからユルユルと
開演となります。





 
話し始めたのは黒縁メガネのホジョリン(林遣都)。
この舞台そのものは、このホジョリンの回想という体になっており
語り部役になっています。「こんばんわ、三谷幸喜です」と
おっしゃっていたので、三谷さんの幼少期の話、という体なのかな。
実際の三谷さんも世田谷出身だそうですし、映画が大好きだった
という事、東京の高校を卒業した事など、符合する事は多いですが
九州に転校したのかとか、こういう友達がリアルに居たのか?とか
までは存じ上げません。お友達の事はフィクション要素が強いでしょうが。

この学校は2年ごとにしかクラス替えがないため、同じ面子での
2年目。いつも放課後に残っている8人は自称(?)スーパー8。
あだ名はホジョリンがつけたもの。ちなみに自転車の補助輪がまだ
取れないのが、あだ名の語源。
・皆に頼りにされる“アニキ”(天海祐希)。成績や運動は人並み。
・いつも熱心に勉強しているのに点数が悪い“ホリさん”(吉田洋)
・男勝りでいつも悪さばかりしている“ゴ−タマ(小池栄子)は
 教科書のゴータマ・シッダールタの写真に似ていたのが語源らしい。
・ゴータマと行動を共にする事が多いが、首からお守りをぶら下げる
 オッサン臭い男の子が“ジゾウ”(春海四方)。祖母と二人暮らし。
・人の言葉をおうむ返しするばかりの“リピート”(浅野和之)
・子役として活躍していて、放課後に先生に特別授業をしてもらって
 いるのが“ヒメ”(伊藤蘭)。成績優秀。
・ぬぼーっとしていて、まともな会話も難しいのだけけど、恐竜の事
 だけは恐ろしい知識を発揮する“ドテ”(小手伸也)。サヴァン
 症候群っぽい感じです。
ホジョリンを含めたこの8人がSuper8。そしてもう一人。
都議会議員の娘で、正義感が強く、担任の先生の代弁者のように
振舞うのが“ソウリ”(青木さやか)も登場人物です。

このSuper8+ソウリには絶妙なパワーバランスがあって、ある意味
安定したコミュニティが成立していたのですが、ある日転校生が
やって来ることによって、そのパワーバランスが崩れていきます。
転校生は″ジョー”(大泉洋)。
父親は船乗りだとか、よく分からない事を言うし、転校してきた理由や
転校前の事はあまり分からない。

「ドテの水飲み場での直飲み禁止」問題。あー、そうそう、あったわ
こういう「もう!○○禁止だからね!」みたいなの(笑)。まさにあの
「○○禁止」って子どもならではだったよな、と思っていたら
「蛇口が上を向かないように固定する」という根本的な解決策を
論理的に語り出し、いきなり一目置かれるようになるジョー。

次にターゲットになったのがアニキ。
皆から頼りにされる立場だったアニキが、「揚げパン襲撃事件」を
ソウリにチクった事でシカトされる立場に。そしてそう導いたのが
ほかならぬジョー。しかもそう仕込んだと思わせない自然さで。
アニキに彼女自身でも感じていた弱点を突きつけ、自信を失わせ
「アニキ」の立場を奪っていく。
子どもの頃の「学校」って、ある意味、自分の社会の全てだから
シカトされるアニキが切なかったですねぇ。

全部書き出すとキリがないのですけど、徐々にこのジョーというのが
腹黒いヤツだという事が分かってきます。
そして最後に、アニキにジョーの悪巧みが暴露され、ジョーが改心、
Super8がSuper10(ソウリも加わったので2名増)
になって一件落着・・ではありますが、アニキが絶対的な
ヒーローという描かれ方ではないんですよね。

ジョーも、単なる悪者ではないのですよ。
家族が家族を殺すという悲惨な経験をしたホリさんに対して
クラスメイトは敢えてその話を避けて接してきたけど、逃げるな
と言われた事でホリさんは「嬉しい」と感じたわけだし、
自分思い通りに操りたいという意図があったとはいえ、リピートが
学級委員になった事で、担任の先生は生徒とのコミュニケーション
を取る機会が増えたし、リピートも自分の意思表示をするようになった。
そして、ホジョリンもゴータマの気持ちを変えた大きな要因だし
ドテさんの温かさも大きな力になったし、ジゾウの思いやりも
少なからず影響していたはず。
ジョーというきっかけで、クラスの皆がちょっと成長したというお話。

そして、セットごと後ろにぐんぐん遠ざかっていくラスト。
元々遠近法を使った形(奥がすぼまった形)の教室だし、
新国立の奥行の広さはハンパないので、相当遠方まで遠ざかり
教室も生徒達もリアルに小さくなっていく様子は、この劇場ならでは
という演出で、“記憶”のメタファーとして効果的な演出でした。

面白かったです、ちょっと最後はホロっとしたりして。
いきなりミュージカルになるところは「三谷さん流行ものが好きだよね」
って思わず思っちゃいましたけど(笑)。
劇中に何度も「自分たちはまだ10歳なんだから、何度もやり直せる」
っていうセリフがありましたけど、何歳でもその気になったら
やり直せるんだよって、言いたいんじゃないのかしらね、と
私は好意的に受け止めました。
確かに面白い舞台でした。けど、それは脚本や演出というよりは、
役者さん達の力量で面白くなっているという気がするかな。
まあそれを引き出す脚本や演出家がスゴイのかもしれませんね。
でも、老若男女が広く楽しめる舞台であることは間違いありません。

「10歳に見える」とか「見えない」とか、あまり関係ないかな。
舞台では子供を演じるなんて、珍しいことでも何でもないので、
私は別に何とも思いませんが。
そして、無理に子供に見せようと思っている訳じゃないと思いますし
敢えてそのギャップを楽しむ舞台だと感じました。

それにしても役者さん達も楽しそうでしたね。
天海さんは思ったより控えめな感じ。
伊藤蘭さんのハジケっぷりには笑わされるやら、驚かされるやら。
趣里ちゃんはやっぱり伊藤蘭さんのお子さんだわ、なんて妙な所で
感心しちゃったり。
大泉洋さんは自由でしたねえ。ヒメが「スイカを買ってください」
と熱演する所では、後ろでガチ笑いしているようだったし、
「聞かせてみろよ!」って言わなきゃいけない場面で何故か真逆の
「聞かせてやるよ!」って言い放って、会場も爆笑になったり、
最後のカテコの歌でも盛大に歌詞を間違っていたりして(笑)。
それ以外の皆さんも、本当に素敵でした。
個人的に一番のツボはドテを演じた小手伸也さんです(笑)。
これだけの面子が一気に観られるなんて、やっぱり凄い舞台だな。