水戸と東京のみの公演。しかも東京は週末の3日のみ。
短い公演期間に上京していた事は本当にラッキーでした。
池袋で「熱狂」が終わった後、赤坂見附に向かったのですが、
途中で“乗客の救護”で10分程度電車が遅れ、思ったよりも
ギリギリの到着となってしまいました。

斜光「斜交〜昭和40年のクロスロード〜」
草月ホールSD列(最前列) 17:30開演、20:10終演
脚本:古川健  演出:高橋正徳
出演:近藤芳正、筑波竜一、中島歩、福士惠二、五味多恵子、渋谷はるか
【あらすじ】
「取調室、最後の十日間」。東京オリンピックの興奮が冷めやらぬ昭和40年。日本中が注目する誘拐事件の容疑者の取り調べが始まった。刑事に許された期限は、十日間。三度目の取り調べとなるこの機会を逃したら、もうその男を追及することはできない。警視庁がメンツをかけて送り出したこの刑事の登場に、取調室は最後の格闘の場となった。



劇チョコの公演スケジュールがなかなかオープンにならなかったため

チケットは一般発売で普通に取ったのですが、なんと最前列。

あらま、ビックリです()

草月ホールは初めての劇場ですが、華道の「草月流」の“草月”なんですね。

とてもきれいなホールです。

私は最前列なので全く気になりませんでしたが、客席の傾斜が緩め。

ステージも低いので、場所によっては観づらいかもな、とは思います。

シートには公演パンフ(的なもの)が置かれていますが、こちらは

「調書」という形になっていて、デザインも凝っていて、貰うほう

としては、ちょっと嬉しい♪

事件調書






 

この作品の舞台となった「よしぶちゃん誘拐事件」が起こったのは、
昭和38年。私はその後に生まれているので、事件の事を知りませんが

親に聞いてみると「覚えている」とのこと。

身代金を奪われたこと、初めて報道協定が結ばれたこと、テレビ
等のメディアを使った公開捜査を行ったこと、刑法がこの事件を
きっかけに改正されたこと等と、この事件が与えたインパクトは、
ただの世論の大きさ以上のものがあったんだな、と言う事が分かります。

 

舞台は老刑事が定年で退職し、墓参りにやってくるところからの開幕。

一緒にやってきた男との会話から、この刑事がいかに優秀で、有名な

難事件(3億円強奪事件とか)を担当してきたかが語られます。

(現実には「平塚八兵衛というお名前のようですが、脚本上では
三塚九兵衛という名前で、近藤芳正さんが演じていらっしゃいます)

ただ、「どの事件が一番記憶に残っているか」と聞かれると、老刑事は

3億円事件ではなく、「吉展ちゃん(※)誘拐事件」を挙げながらも、目線は

ずっと目の前の墓石に見立てた椅子に注がれ続けています。

悲しんでいるでも、憤っているでも、懐かしんでいるでもない、

何とも言えない表情で−。

(※) 劇中では“吉展ちゃん”ではない架空の名前だったかもしれません。覚えて無くて。

 

舞台は昭和50年。先ほど刑事と同行してきた男性が上着を羽織り

背もたれ付の椅子に腰かけます。ここから彼は被疑者である
「木原守(筑波竜一)」となります。(実際は“小原保”という名前だったそう)

刑事とその後輩刑事は背もたれなしの椅子で、机を挟んで反対側に。

これから10日間の聴取が始まるところ。

聴取と並行して、ここまでの経緯が刑事部長との会話で語られます。

この被疑者は捜査線上に早い段階で浮かんできて、2度も聴取したものの

自白も決定的な物証も得られず、これ以上の聴取は人権侵害だと

追及されるため、10日しか時間が無いことと、難事件だからこそ
刑事部長は三塚刑事を抜擢し、三塚刑事も難しい事件だからこそ
やる気を出している事などが浮かんできます。

 

背景には「一日目」「二日目」と時の流れが映し出されていきますが
取り調べは遅々として進んで行かない。
「やってないよ」「もうこれ以上話さない」とダンマリを決めたり
「頭が痛いよお」と体調不良を訴えてみたり。
日延べをすれば、逃れられると分かっているから−。

そんな木原の様子にイラつき、時に暴力を振るったり、なだめたり
スカしたりする三塚刑事。
この木原ののらりくらりとした受け答えには、私をはじめとした
多くの人がきっとイライラさせられたに違いない(笑)。
三塚刑事もイライラしているし、焦ってもいるけれども、
「可哀そうなヤツだ」とも。今までの捜査・聴取が甘かったので
逃げ切れると思い込んで、舐めた行動を取っている。
そんなモンスターにしてしまったのは警察の落ち度だ、と。

木原には結婚を約束した女が居た。
その女、成島君子(渋谷はるか)について話が及ぶと感情を露わ
にする木原。不幸に育った二人は、通じるものがあったという−。
でも、この君子とのやりとりの回想シーンで、木原が決して
根っからの悪人ではないんだな、という事、貧しさ故に足が
不自由になり、辛い人生を送っている事になって卑屈になって
しまった、という背景が分かってきます。
頑として話さないのも、「母親に辛い思いをさせたくないから」
という要因もあるらしい。

そんな木原の背景を知ったところで、「仕方ないよね」と同情を
する気には全くなれないんですけど(笑)、ただこの人も普通の
弱い人間なんだな、という事は十分伝わりました。

この誘拐事件はタイムリミット直前で解決した、という事実は
知っていたので、10日目の聴取も不調に終わった時には
「えぇぇ、もう10日経っちゃったじゃないのー!?」と
心の中に「?」がいっぱい(笑)。
結局、声紋鑑定をするための音声を録音するために、「会話」
をする相手として三塚は木原と対面する事になります。
もう、ここで自白するにきまってるじゃん!と分かっていても
「まだか、まだか」と前のめりになっちゃいそうですよ。
雑談をする中で、「日暮里の大火事」を「山手線から見た」と
口を滑らせた木原。その日は福島にいたと証言していたため、
そのアリバイが崩れることになる訳で、そのほかにも、アリバイを
崩す目撃証言で、グイグイと木原を追いこんでいく三塚。

なのに、なかなか自白しないんですよ。
ああもうっ!という感じなんですが、「明日話す」の一点張り。
三塚が理由を尋ねると、「今話すと日曜日の新聞に載ってしまい、
母親が辛い日曜日を過ごすことになるから」と答える木原。
・・・どうしてそんな優しい気持ちがあるのなら、子供を
殺したりなんかしたのよ・・・。
でも、「誰かを守りたい」と思う時が、人は一番強くなれるの
かもしれないな、なんて思ったりもしました。
木原は自分自身でも「何でこんな人生になってしまったんだ」と
思い、どこかで「やり直したい」と願っていたようでもあって。
自ら自供した後は、晴々とした表情をしていたと語る三塚。
やっと、自分の人生の舵を自分が握れた瞬間だったんでしょうね。

自白後は誰よりも素直に聴取に応じ、短歌に出会ってからは
落ち着き、死刑執行直前には「三塚さんに真っ当な人間になったと
伝えてほしい」と言って死んでいった木原、家族と同じ墓には
入れてもらえず、墓石も無いような所に埋葬された木原。
他の被疑者よりも、三塚が思い入れがあるのも頷けます。

この中には新米刑事(中島歩)との考え方の違いであったり、
組織操作・科学捜査に移行しつつある警察も描かれています。
でも、最終的に木原を自供に追い込んだのは、人との会話と、
そのほころびを見逃さなかった刑事と、その刑事が足で稼いだ
細かな証言の積み重ねであり、組織捜査でも科学捜査でもなかった
というのが皮肉だな、と思いました。

役者の皆さんはとても良かったです。
机と椅子だけのセットですが、全く気にならない演出。君子と
木原の会話の回想シーンでは背後に映し出された影が不気味で
かつ効果的でもあり印象に残っています。
こんな舞台がたった3日間しか上演されないなんて、何だか
とても勿体ないなぁ・・・。