今回の遠征最後はこちらです。
初演も観たかったのですが、遠征タイミングが合わずに見送りまして
評判が良かったので、とても残念に思っていたのです。
今回、千秋楽がギリギリ観られる事になり、これは行かねば!と。

チック「チック」シアタートラム H列
13:00開演、15:45終演
脚本:ロベルト・コアル   演出:小山ゆうな
出演:柄本時生、篠山輝信、土井ケイト、、那須佐代子、大鷹明良
【あらすじ】
14歳の冴えない少年マイクは喧嘩ばかりの両親と、退屈な学校生活の毎日に出口のないような息苦しさを感じている。だがある日そんな生活を一変させる出会いが彼に訪れた。それは転校生のチック。彼はロシアからの移民で、風変りな問題児。チックは突然マイクの家を訪ねてくる。「乗れよ」チックが無断で借りてきたオンボロ車ラダ・ニーヴァに乗り込み、2人はひと夏の旅に出る。これまで見えていた世界とは全く違う新しい景色と、新しい出会いが彼らを待っていた!



舞台には人力で回転あせる四角の台(ステージ)があって
その周りには小道具が所狭しと並べられています。



開演すると、舞台の中央に置かれた椅子の上に座るマイク(篠山輝信)。
その頭上には1枚の大きな板が吊るされ、立ちあがったら頭が
ぶつかってしまいそうな所にある、低い天井のようになっています。
そんなマイクの服装は破れてボロボロ。怪我もしている様子。
前かがみになるような姿勢で、マイクは自分の事を語り始めます。
この舞台はマイクの回想なんですね。

自分が「あだ名をつけられた事がない」事と、その理由は
自分が友達がいなくて、更に退屈なヤツだから。
自分の母親がアルコール依存症で、リハビリ施設に入ったり
包丁を持ち出したこともあるけど、母親の事は好きだという事。
父親は事業に失敗し、家には殆どいないということ。
そして、同級生にいるキレイな女の子が好きだということ・・・。
マイクの独白が途切れるたびに、両サイドに居るマイクの両親が
怒鳴り合いのけんかをしています。お互いの話なんか、全く耳を貸さず
ましてや真ん中に子供がいるなんて、気にもせず。
そんな状況に居るマイクの居心地の悪そうなことといったら・・・。
上に覆いかぶさるようになっている板が、その窮屈な感じ、閉塞感の
メタファーのようにも思えてきます。

そんなマイクの前に現れたのはチック(柄本時生)。来た転校生で
ロシアからの移民でいわゆる「問題児」。
クラスの中での、集団に馴染めない2人
大好きな女子、タチアナの誕生日に呼ばれなかった、たった二人。

マイクの頭上にあった板は吊るされて、スクリーンに早変わり。
夏休み、誕生日パーティーにも呼ばれないし、母親はリハビリ施設。
父親はお金をマイクに渡して、女と旅行に行ってしまう。
何もする事のないマイクの元に、チックがやって来て青い車に
「乗れよ」と声を掛けて、二人の冒険が始まります。

その車は「借りてきた」とチックは言うけど、配線をショートさせて
エンジンをかけているから、正当に「借りた」ものではない。
最初はそんなチックの破天荒さにひいていたマイクだけど、
徐々にチックに馴染んでいくマイク。

シアタートラムの最前列のど真ん中は、客席ではなく舞台の延長。
そこが車「ラダ」の運転席、と言う設定で、ビデオで撮影した
様子が舞台奥のスクリーンに映し出されるって言う仕組み。
2列目の人に小道具をポンポン渡したり、話しかけたり、時には
黒いビニールテープでヒゲをつけられたり・・と、キャストから
結構いじられる席なんですよ。ここが「アドベンチャーシート」。
わー、この席、座ってみたい(笑)。

ビデオカメラはチックが持ったり、マイクが持ったり、固定
してある画像を使ったり、と色々。
映像だけど、目の前の様子が投影されているのだから、臨場感もあり
何だか面白い。またラジコンの車を走らせて、ラダが走っている
様子を表していましたが、そのジオラマ感がまた面白い。
なにげに柄本さんのラジコン操作テクニックが凄いし(笑)。
何ていうんですかね、全体に「オモチャ」感があって、それが
「夏休み」というシチュエーションにピッタリです。
原作は児童書という事なので、相性も良かったのでしょう。

また主演の二人が良い感じで「ゆるい」というか、肩ひじをはらない
雰囲気が漂っていたのも良かったです。
篠山君がとても良かったんです。声もいいし、マイクにピッタリ。
あれー、どんな方なんだろう?と思って調べたら篠山紀信さんの
ご子息だという事で、ビックリ!またどこかで拝見したい俳優さん。
柄本さんはもちろん拝見した事ありますけど、素晴らしくチックが
似合っていらっしゃいました。
世間を冷めた目で見ている、ゆる〜いキャラなんだけどね、自分が
ゲイだと告白するシーンは、ただの少年に戻っていて、そのギャップが
まだ庇護が必要な少年なのね・・と思えて愛しいと言うか、切ない
というか・・ね。

思い返せば、ラダで旅を始める前、タチアナの所に向かう時に
チックはマイクに「ねえ、おまえ、ゲイ?」って聞いているのよね。
マイクがその時「違うよ、変な事聞くなよ」的な返事をしているの、
聞いたチックは切なかっただろうな。
でも、それだから「お前といて退屈だと思った事は一秒も無い」って
言う所には、間違いなく友情があったんだな、と思えたんだけども。

色んな経験をして、いろんな人にあって、色々と助けてもらう二人。
「父親からは、世の中は最低で、人は最低で、他人を信じるなって
教わっていたし、人間は最低だと思っていたけど、チックと旅の途中
最低じゃない人ばかりと会った」と言うマイク。
もう、それだけでこの経験が無駄じゃ無かったよね?って大人目線で
観てしまうんだけども、自宅に帰ると「最低な大人」が待っていて
今回の自動車の盗難は全て「ロシア人のせいにしろ」と迫ってくる。

結局、マイクは自分の罪を認め(チックだけの責任にすることはせず)
イザと再会する事になり、旅で大切な友人と、そして未来の恋人を
見つけられた、という事になります。
何よりも、諦めずに自分の気持ち・意思を貫く事も覚えたよね。
(結果的に父親に殴る蹴るの暴行を受ける事になるけども)

自宅では「好きな子が出来た」と話すマイクに大喜びする母親。
あのプールのシーン、大好きだったな。
「誰を好きになったか」ではなく「人を好きになれた」事に喜ぶ・・。
恐らく、両親の不仲を見せてしまっていた肩身の狭さもあるだろうし
その事による影響も、心配していたのかな、と。
私は母親のアル中ぶりを見せられ、父親の暴力を見せられた後
だからこそ、より、素敵なシーンに思えたのかもしれません。

全体にアドリブ感がある会話も多く(那須さんがアイスクリームだけでなく
「熱中症対策」って言ってポカリの小さなペットボトルを出したのは
アドリブかな?)
でも、それが全体の流れを止めたりするようなものではないので、
観ていて楽しく、生で観るからこそ楽しめる、という雰囲気のつまった
作品だったな、と思います。
元々私はあまりロードムービーって面白いと思えないので、
この作品もそこまで期待していなかったんですけど、面白かった。

子供にも良さそうだし、実際にドイツでは子供向けに上演もされて
いるようなので、毎年夏になったら、どんどん再演したらいいのにー。
これは再再演になっても、観に来たいかも。
千秋楽での滑り込み観劇となりましたけど、観れて良かった!