遠征3本目。
マチネは友人と一緒だったので、観劇後に下北沢で軽く食事をし、
一人で劇場へ向かいました。(友人は別の舞台を観るために新宿へ)

遺産
劇団チョコレートケーキ第30回公演
「遺産」すみだパークスタジオ倉 A列(2列目)
19:00開演、21:10終演
脚本:古川健  演出:日澤雄介
出演:浅井伸治、岡本篤、西尾友樹、足立英、佐瀬弘幸、林竜三、原口健太郎、日比野線、渡邊りょう、李丹
【あらすじ】
−私は知っている。あなた方があそこで生きたまま切り刻まれたことを。−
1990年、ある老医師が死の床にあった。その枕元に過去の亡霊が姿を現す。旧満州ハルビン市郊外ピンファン。そこで蓄積された『遺産』は決して清算できない歴史の深い闇である。日本人はこの『遺産』とどう向き合えばいいのだろうか?



9月に上演した「ドキュメンタリー」と緩く繋がっているというこの作品。
やっぱり、どうしても観たかったのですよね。
なので、この公演の上演期間に合わせて遠征を組んだのでした。
ただね、駅から遠いのですよ、すみだパークスタジオ倉って。
また最寄駅が5つぐらいあって、どの駅からも徒歩10分以上。
前回は本所吾妻橋駅を利用しましたが、今回は帰りの事を考えると
(宿がJR沿線のため)錦糸町が便利なはず。
なので、復路の予習の意味も込めて錦糸町で下車し、Googleマップちゃんの
言うとおりに歩いて無事に劇場到着です。あーよかった。

劇場が悪い訳じゃないんですけど、劇チョコは男性のお客さんが多くて
パイプ椅子なので、両隣が体格のいい男性だったりすると、終始
身を小さくして観ることになるのが、辛いんですよね・・・
(舞台の内容とは関係ないですね、ハイ。)





「ドキュメンタリー」が薬害エイズに関するお話で、この「遺産」が
731部隊についての話、というザックリとした知識は持っていたので、
何となくイメージができていたのですが、自分の想像していたのとは
少し違う切り口の作品で「そうきたか」と言う印象です。
「ドキュメンタリー」の登場人物が出てくる訳ではありませんでした。
とはいえ、グリーン製薬の役員が「5年前に社内に裏切り者が出ましてね」
と語るシーンがあり、あれから5年後が舞台だ、という事が分かります。
そして「結局、記事にはなりませんでしたけどね」という事だったので
あの記者たちは、無力感を味わったのだろうな・・・。
内部告発しようとした社員はどうなってしまったんだろう・・と思ったり。
結局マスコミに内部告発が報道される事は無かったようですが、
非加熱製剤問題でグリーン製薬も、社会的に問題になっている、という
状態ではあるようです。

舞台の上には、ビーカーやら液体の入ったガラスの保存瓶やらが
一杯置いてあり、上手奥にはストレッチャーのようなものがあります。
寒々とした照明に殺風景な雰囲気から、まるで手術室とか、霊安室とか
そういった場所を連想してしまいます。

照明がつくと、血だらけの手、手術着を着た今井(岡本篤)が。
上手奥では手術が行われている様子。そこに天野(浅井伸治)がやってきて
今井に声をかけます。
「秘密はどこまでも守ること。それを忘れてはいないだろうな」
天野とそのセリフにおびえる今井。
「どうせすぐにこちらに来る」と言って消えていく天野。
なるほど。今井と天野は上司部下の関係で、今井は死期が迫っていて、
何かしらの秘密を暴露しようとしており、それに怯えているんだ、
という事が分かります。

舞台は「現代」と「過去」で行ったり来たりします。
「過去」では、ピンファンにある731舞台の施設で行われた実験から
満州撤退までが描かれます。
「現代」では、今井を慕う若手医師の中村(西尾友樹)が、今井が生前
自分に何かを言いたそうにしていた事、うなされながら「あの研究を
君に託す、アレを消してはいけない」と言った事が心に引っ掛かり
その「あの研究」「アレ」を探そうとします。

731舞台を扱った舞台だというと、そこで行われたであろう非人道的な
人体実験や細菌兵器の開発と、科学者・医師という人達の知的好奇心
と言う名の元の暴走について描かれるものだ、と思っていました。
「ドキュメンタリー」ではかなり生々しい内容が多かったですから。
この作品でも、確かにそういう面はありました。
病気でもない人に病気を感染させたり、必要でもないのに、女性の
被験者が手に入ったからと言って、実験をしたり。
被験者を人間と思わず、「知的好奇心」を満たすために研究に没頭し
帰国後その成果を元に、大きな大学の学長にまでのし上がった人も。

でも、この舞台のタイトルは「遺産」でした。
過去にそういう事があって、無残に殺された人たち、中にはこの舞台の
証拠隠滅の為だけに無益に殺された現地の人たちも多い。
その人たちにもそれぞれ生きる希望も、人生もあった。
(そんな人たちのメタファーが、囚われた女性被験者ですね。彼らの
生への想いが“鏡”に集約されているようで・・・)
残された現代の私たちが、その「遺産」にどう向き合うべきなのか−。

中村は今井が個人的に貸金庫を借りていたことを突き止め、
その中にある、今井がピンファンで行った実験の記録を発見。
自分が尊敬し、慕っていた医師が「そのような事」をしていたという
事実にショックを受けながら、どうしたらいいか・・を考えます。

グリーン製薬の役員は「それなりのポジション」を提供するから、
その資料を寄越せといい、731舞台で今井と一緒に衛生兵として働いた
木下(原口健太郎)は、当時、満州撤退時に、生きる希望を無くしていた
時に「私が死んだら、これを供養して欲しい」と頼まれていた、
だから、これを燃やす必要があるんだ、と主張します。

結局、中村はこの資料を燃やすのではなく、731部隊の研究をしている
人の所に届けよう、燃やすのではなく、後世に役立てることが必要だし
今井もそれを望んでいるはずだ、と。
最初は拒んでいた川口も、そうする事によって亡くなった名もなき
犠牲者たちも報われるだろう、と同意をしてくれることになります。
とはいえ、中村は決して聖人君子ではないんですよね。
「自分も同じような立場だったら、人体実験をしてしまうかもしれない」
という気持ちを露わにし、だからこそ、今井が特別だったのではない
誰もが、今井先生になり得てしまうのではないか。だからこそ
その事実を研究し、真実を見つめることが大切なのではないか、と。

私は俳優・西尾友樹さんが大好きなのですが、彼の熱い演技が
好きなのですよね。(かといって始終暑苦しい演技をしている訳じゃない)
今回は全体に抑えた演技が多かったですが、最後のシーンだけは
西尾さんの熱さにグッっときました。

ちなみに「ドキュメンタリー」では老医師を演じていた岡本さんですが
やっぱり若々しかった(笑)。
前回は誠実なサラリーマンだった浅井さんは、冷酷な軍医になっていました。

731部隊に居た事で社会的地位を失った者はいない。でもその逆
裏切って社会的地位を失った者はいる。
有能な医師なのに、こんなことで未来を棒にふるなんて・・ね、と
ソフトに脅してくるグリーン製薬の役員。最後には
「やれるものなら、やってみなさい」と言う捨て台詞を残して。
恫喝されるよりも怖い・・・。
野村のセリフと、ここでも使われる「医学の進歩」という免罪符が、
何だか砂を噛むような感覚に襲われました。

今井医師は、一般人の感覚も持っていたからこそ、苦しんだんでしょう。
研究者として振り切れていたら、山内のように出世もできただろうし
苦しむことも無かったはず。
最後の手紙で、中村の選んだ選択が間違っていないことも分かります。
ただ、私には、こういう人も居てくれた、という事が救いにもなった
気がしますし、作家の希望のようにも思えました。
あと、この作品では今井を通して「人の弱さ」と言うものも、よく
伝わってきた気がします。
ガツンという衝撃があるというか、じわじわと胃の奥に来るような
そんな舞台だったと思います。731部隊という異常性というか
特殊性を描くのではなく、普通の人がそうなってしまう事の恐ろしさ
また普通の人でも、そうなり得る怖さを感じさせられました。
同じ題材のパラドックス定数「731」とは(当然ですが)趣の違う
作品になっていて、そういう比較も面白かったですね。

劇チョコ、次はどんな作品を観せてくれるのか楽しみです。