時間があったので、初台から歩いて新宿のブックオフに行き
本を1冊買って(手持ちの本を読んでしまったので)、それから
紀伊國屋ホールに向かいました。

月の獣「月の獣」紀伊國屋ホール 最前列
18:00開演、20:30終演
脚本:リチャード・カリノスキー   演出:栗山民也
出演眞島秀和、岸井ゆきの、久保酎吉、升水柚希
【あらすじ】
第一次世界大戦の終戦から3年が経った1921年、アメリカ・ミルウォーキー。
生まれ育ったオスマン帝国(現・トルコ)の迫害により家族を失い、一人アメリカへと亡命した青年・アラムは、写真だけで選んだ同じアルメニア人の孤児の少女・セタを妻として自分の元に呼び寄せる。新たな生活を始めるため、理想の家族を強制するアラム。だが、まだ幼く、心に深い闇を抱えるセタは期待に応えることができなかった・・・。二人の間に新しい家族ができぬまま年月が経ったある日、彼らの前に孤児の少年が現れる。少年との出会いにより、少しずつ変わっていくアラム。やがて彼が大切に飾る穴の開いた家族写真に対する思いが明らかになっていく。
 


何故か私は勝手に「サザンシアター」だと思い込んでいて、
本当にたまたまチケットを確認して、自分の思い込みに気づきました。
でも、それぞれの位置関係が全く分からなくなってしまって(笑)。
Google Mapさん、今回もお世話になりました(^_^;)。

今回最前列ではありましたが、舞台そのものが高いので、見上げる
形になってみづらいし、縦長くかつ傾斜が緩いので、真ん中以降だと
本当に舞台が見えないんですよね。ホント嫌い、この劇場。





幕が開くとそこはダイニング。
そこに老人が現れて、アルメニア人の事や歴史の事などを語り始めますが
この老人がどういう人なのか、は分からない。
アルメニア人の迫害についても触れますが、あまり多くも語られず、
どうやらその迫害を逃れた2人についての話らしい、という所で、主役の
二人が入ってきます。

1人はアラム(眞島秀和)で、アルメニア人。家族を失いアメリカへ亡命。
もう1人はセタ(岸井ゆきの)。同じくアルメニア人でアラムが写真のみで
選んで、アラムの妻としてアメリカにやって来た15歳の少女。
どうやら、アルメニア人の救済という事で、少女を亡命させるために
結婚と言う形を推奨して出国させる団体があった、という事なんでしょうね。
つまり、この作品はアルメニア人の虐殺について描かれた作品ではなく
虐殺を逃れて生き残ったアルメニア人が、家族を作っていく話なんだ・・
という事が分かってきました。

まずはアラムに腹が立つ訳です。
当時の常識から考えたらあれが普通なのかもしれませんが、セタの事を
理解しよう、寄り添おうという気持ちよりも、「自分は夫である」
「自分が思う家族を築かなければならない」という自分の価値観ばかりを
押しつけてくる男。
とにかく自分も早く子供を持ち、家族を成したいと言う気持ちがすごい。
夫婦だって既に「家族」なのに、子供がいないと「家族」になれない、
一人前の男であるためには「家族」を持たなければならない、
と思っているかのような焦りっぷり。
セタはそのための道具なのか? これって完全なモラハラ夫じゃん・・。
直接セタに伝えるんじゃなくて、嫌味っぽく聖書を読み聞かせたりとか
もう最悪・・(笑)。

それに対して、セタは最初こそ怯えていて子供っぽかったけど、
実は自由奔放だし、誰かに縛られる事がとても苦手な女の子なんだと思う。
だからアラムに感謝はしていたと思うけど、自分自身を理解しようとも
しない「夫」という同居人に息苦しく思っていただろうし、なかなか
妊娠しない事への罪悪感もあったでしょう。
こういう罪悪感、私は結局感じる事が無かったけど、結婚して子供に
恵まれない人はきっと今でも同じような感情に苛まれているんだろな。
また、もしかしたら「アラムが自分ではなく、別の人を選んでいたら」
って思う気持ちもあったでしょう。
アラムが自分とは違う女の子の写真を見て「選んだ」事を知っていたから。

観ている方も息苦しい関係が2幕になっても続いていきます。
もう・・アメリカの永住権も手にしているだろうから、離婚しちゃえば
いいのに、なんて思うぐらい。

セタを苦しめていたのは、顔がくりぬかれた写真。
自分を監視し、子供が産めない自分を責めているようにも感じられた
のだろうから(セタは「疲れたの」って言っていたけど)、アラムの
不在時には布をかけて覆っていたのに、それがアラムに見つかります。
そして、その写真がキッカケでセタが爆発する事に。

アラムが自分の過去を話してくれないまま、自分の理想とする家族に
大して欠けているものを埋めようとしているだけだという事、そして自分の
家族に起きた不幸についても改めて語ります。
私はその欠けた所を埋めるパーツでも、そのパーツを生む道具でもない、と。
自分の悲しみに目がふさがれているけど、もっと「人」として見て欲しい、
アルメニア人で辛い思いをしているのは、貴方だけではないと。
恐らくセタが長年ずーっと抱き続けた想いだったんでしょう。
それに対して、アラムは写真を撮る被写体の家族を見て、何故自分には
子供が持てないんだと辛い思いをしている・・と、また残された父親の
古いコートについての思い入れも語り始めるんだけど、恐らくこれだけ
突っ込んだ話をしたのは、結婚後初めてだったんじゃないかな。

こういう衝突のキッカケになったのは、セタが面倒をみていた孤児なんだけど
時々語り部として出てきた老人は、この少年が成長した姿でした。
最初はこの子に拒絶反応を見せてきたアラムも、この子を引き取り、
心を開きつつ、新たな「家族写真」を撮影して、舞台は終わります。
その頃のアラムはずっと落ち着いた男性になっていました。
アラムがずっと追い求めてきた家族の形とは違うけど、アラムとセタの作る家族。

全く予習をしないで観に行ったので、アルメリア人の迫害について書かれた
作品だと思い込んでいたのですが(そういう要素はもちろんありますが)
もっと普遍的な「家族」の話話だったな、と思います。
全体に「辛い」内容ではありましたが、最後の「貴方も(写真に)入らない?」
というセリフがとても温かくて、印象に残りました。
ああ、本当の家族になれたのかな・・と思えるような。

眞島さんの自己防衛から視野が狭くなり、パワハラっぽくなる男性も、
気の強いセタを演じた岸井ゆきのさんも良かったです。
眞島さんは以前何本か拝見した事があったので、ある意味想定内だったのですが
岸井ゆきのさんは、ドラマも観ない私は初見でした。
本当に15歳ぐらいじゃないの?と思う幼い演技でした。パッと見は何だか
この人って外国人かしら?と思っちゃいましたよ、何故だか。
二人とも、家族を虐殺されるという過去があり、「こう生きなければ」
に縛られる部分もある、難しい役だったな、と思います。

私の想像していたような内容ではありませんでしたが、これはこれで
とても観応えがあり、劇場の見辛さを一瞬忘れる事が出来ました(笑)。