この作品は何年か前に観たことがあったので、コロナ禍の中
遠征しなくてもいいかな・・と少し思ったのですけど、やっぱり
このキャストなので、チケットを取っていたのでした。

十二人の怒れる男「十二人の怒れる男」シアターコクーン Z1列(最前列)
13:30開演、15:35終演
脚本:レジナルド・ローズ   演出:リンゼイ・ポズナー
出演:ベンガル、堀文明、山崎一、石丸幹二、少路勇介、梶原善、永山絢斗、堤真一、青山達三、吉見一豊、三上市朗、溝端淳平、阿岐之将一
【あらすじ】
舞台は陪審員室。部屋には陪審員の12人の男たち。父親殺しの罪で裁判にかけられた17歳の少年は、有罪が確定すると死刑が待っている。この審議に12人中11人が有罪で一致しているところ、陪審員8番が無罪を主張する。人の命を左右することに疑問を持った8番は、議論することを提案したのだった・・・

 

演出家が海外の方なので「入国できないだろうし、上演できるのか?」
と不安に思っていたのですが、リモートを利用して演出をされたらしい
という記事を読みました。
そこまでして上演してくれた事に感謝するとともに、そこまでやらないと
この作品も払い戻しだったんだなぁ・・・と。
通常も観客席がある側の最前列ですが、センターに近かったので
フェイスシールドは無し。(上手・下手の袖に近い人が着用していました)
隣の席が空いていたので、荷物も置けて有難かったです。
(今は感染拡大防止でクロークが無いですから・・)






センターステージには大きなテーブルがあり、そこには椅子が12脚。
天井には蛍光灯と大きなファン。片側には手洗い場があるだけ。
そこに男性がドヤドヤ・・と入ってきます。
男性しか居ない様子に、そしてもっと言えば、黒人が居ない顔ぶれで
ああ、そういう時代の話だね、という事が何となく伝わってきます。

この話がベースになって、三谷さんの「12人の優しい日本人」が書かれて
いますので、そこかしこに共通点はあります。
(というか、大きな流れは同じだと言ってもいいぐらい。)
でもあちらはコメディですが、本家であるこちらはコメディ要素は無く
ガップリ組み合った会話劇。
そして、自己紹介らしきものが非常に少ないまま話が進んでいきます。
「広告代理店に勤めています」と自ら話す人も居ましたが、とうとうそういう
個人の背景が分からないままの人も多く、会話の中からそれを推察する
事になるんですが、それがまた面白いんです。
役者さんの個性がいい意味でバラバラであり、かつその役にフィットして
いたからこそ、楽しめた部分かなとも思いますが。
洋服の選び方、着こなし方。話し方や話すときの態度。
当然、話す内容などから・・ね。

あと、下手側にあるお手洗いの場所。
ここで話す会話はある意味「オフレコ」というか、アンオフィシャルな場
での会話、という事になるので、ここでの振る舞いの違いや、ここでの会話
関係性も、面白かったですねぇ。

最初は11人が「有罪」だったのに、徐々に「無罪」が増えていくんだけど
そのきっかけも、人によって様々で、それも面白い。要するにその人の価値観
というか「大事にしているもの」が透けて見えるという意味で。
必要以上に「スラム出身」であることを拘る人は、同じようにスラム出身の
人に何らかの被害を受けた事があったのかなぁ・・とか想像できるし
また、話の内容から自分の頭の中にあった被告人のイメージが
徐々に変わっていく・・という過程を自覚したのも面白かった。

吉見一豊さんが演じる陪審員10番が一人暴走してしまい、自分の発言で
更に自分が興奮し、止められなくなっていくシーン。
座っている長椅子が比較的私の目の前だった事もあり、この様子を残りの
11人が見つめると、全員が私の方を向いているような状態になりまして。
肝心の10号の吉見さんの表情は見えないけれど、この時の他の11人の表情
(個人ごとの表情の違い、話を聞く間に変わっていく表情の様子)が
観られたのが、生の舞台を見る醍醐味そのもの!と思い、もうここで
感無量になってしまいました。
だって、配信や映像と違い、自分が見たい人の表情が見られますから。
驚いた様子だったり、呆れている感じだったり、呆気に取られた様子だったのが
どんどん「気の毒に」な表情に集約されていき、それに反比例して力を落とし
話せなくなってしまう陪審員10号。

最後、堤さんが何か声を掛けるのかなと思ったけど、そうじゃない所に
なんかいいな・・と思っちゃった。言わなくても伝わっている雰囲気がして。

善ちゃんが2度目のカーテンコールでご挨拶が終わっていないのに
袖に捌けちゃおうとして笑われたり(必死で客席に「ごめんね」してました)。
また目の前に溝端君が立っていて、客席に笑いかけていたんだけど
まぁ・・美しいわ(笑)。
ただ、陪審員がちょっと話し合っただけでここまで分かるような事なのに
何故警察は気が付かないのか、とは思うよね。
もしかして、被告だった男の子がスラム出身だったという事が影響して
いたりしたのであれば、根が深いなぁ・・。

コロナ禍で上演されてもショーシャルディスタンスを意識した作品や
朗読劇なんかが多かったこの時期。
それでも上演してくれる事はありがたい、と思って不満がある訳では
ないのですが、やはり私はこういう舞台が好き、こういう作品が観たかったんだ
と強く自覚し、非常に「観に来てよかった」と満足感に浸りながら
コクーンを後にしたのでした。