「西」から「東」に移動しただけ(シアターウェストからシアターイースト)
なんですけどね(笑)。

帰還不能点
第33回公演「帰還不能点」東京芸術劇場 シアターイーストB列(最前列)
18:00開演,19:05終演
作:古川健   演出:日澤雄介
出演:浅井伸治、岡本篤、西尾友樹、青木柳葉魚、東谷英人、粟野史浩、今里真、緒方晋、村上誠基、黒沢あすか
【あらすじ】
1950年代、敗戦前の若手エリート官僚が久しぶりに集い久闊を叙す。やがて酒が進むうちに話は二人の故人に収斂する。一人は首相近衛文麿。近衛の最大の失策、日中戦争長期化の経緯が語られる。もう一人は外相松岡洋右。アメリカの警戒レベルを引き上げた三国同盟締結の経緯が語られる。更に語られる対米戦への「帰還不能点」南部仏印進駐。大日本帝国を破滅させた文官たちの物語。




劇チョコの劇団公演。今回も戦争に関わるお話ですね。
席は最前列のどセンター。ありがたいけど、こっちが緊張するわ(笑)。






劇チョコらしい音楽と共に幕があくとそこには男たちが考え込んだり
打ち合わせたりしている。背広姿の中には軍服姿の人も混じっている。
ここはインドネシアの油田を占領するか否か。実行すればアメリカとの開戦は
避けられないため、結局はアメリカとの戦争を是とするか否か・・という
話し合いの場、のようです。総理大臣、大蔵大臣、外務大臣、陸軍大臣・・
そうそうたる顔ぶれなんだけど、何かちょっとおかしい。違和感がある。

・・・これ、実際の内閣じゃなかったんですね。
「総力戦研究所」の行った「模擬内閣演習」だった、という事が岡本(岡本篤)
の語りによって分かります。へー、そんなものがあったなんて知らなかった。

場面は変わって、山崎道子(黒沢あすか)の経営する小料理屋の開店前、
終戦後。ここではこれから当時の総力戦研究所のメンバーが、そのメンバーの1名
「山崎」が亡くなっている事をしったため、山崎を偲ぶためにも、奥さんの
お店で集まろう、と岡本が企画したものらしい。いわゆる同窓会ですね。
それにしても吉良孝一を演じた浅井さんが雰囲気が違い過ぎて「同じ人?」
って思っちゃったよ(笑)。
でも「苦労しましたからね」と言っていた通り、浅井さんが履いていた
革靴がボロボロなのよね、それが凄く印象的でした。

この場でも、それぞれを名前ではなく、舞台冒頭で行われた模擬内閣での
役割(総理大臣、外務大臣・・・)で呼び合っている。
冒頭のやりあいとは真逆の本当に「同期会」らしい、打ち解けた雰囲気。
小料理屋の女将が聞きづらい事をイノセントに聞いていきます。
「皆さんの演習ではアメリカに勝てるって答えが出たんですか?」
ここで一瞬空気が固まるのだけど、満場一致で「負けると思っていた」と回答。
そうか、ここに居たメンバーは誰も開戦を支持していなかったのだな。
女将「どうしたらアメリカとの戦争をしないで済んだんでしょう?」
ここでガチで全員の動きが止まります。痛い所を突かれた・・って所かな。

その場で開戦に至るまでの経緯を、その場の余興という体で、総力研の頃を
思い出しつつ、メンバーが演じて見せるという流れになってるんですね。
単純な回想シーンじゃなくて。ほおお、なるほどそういう構成なのか。
「演じている人を演じている」って、難しいよね。
歴史に詳しい人が見ると「くどい」と感じたという感想も目にしましたが
私のような者にとっては、これぐらい丁寧にやってもらって助かります。
所々で女将が「でも、おかしなものですねぇ」って感想を言ってくれるけど
一般市民の素朴な疑問なので、その女将への答えを通して、私も説明を
してもらっている感じです。
私も戦争は軍人の暴走だとばかり思っていたけど、そんな単純な話では
無かったという事だったんだな、と。そして場当たり的というか、長期的な
展望もなく、場当たり的な対応がすべて裏目に出たように思えるわ。

しかし、終盤の黒沢さんは本当にすごかった。
同じ衣装で、違う女性(近衛文鷹の奥さんと、松尾か洋右の奥さん)を
演じたんだけど「あ、着物を着ているな」ってすぐに分かる身のこなしだったり、
話すだけでキャラクターの違いが明確に分かる。
亡き夫に助けられた時に時間が戻る瞬間も、黒沢さんの腕がだらりと下がり
膝が少し曲げるについれて、表情が全く変わっていく。
目の前の岡本さん(過去の山崎役)も表情が変わって、目の前でみるみると
時間が巻き戻っていくよう様子を目の当たりにし圧倒されてしまった。
俳優さんって本当にすごい。

総力研のメンバーは冷静に政局を判断していて、開戦=敗戦と分かっていた。
そういう冷静な人が居たっていう事を伝えたかったのかな、と思っていたけど
最後の岡田によって「違う」という事が分かります。

確かに、総力研には政治的な力もなかっただろうし、何もできなかったはず。
でも近衛文鷹達が原因であり「自分には何もできなかった」を言い訳にしていた
という事に気づかされます。
なので、当時の模擬内閣演習もどきを再度行い、いかに戦争を避けるか、
について真剣に話し出す様子を見て、「Point of no return=帰還不能点」が

どこだったかではない、そう思えばどこでもそこが帰還不能点にできる。
それはどんなことでも、現代であっても言えることだ、と伝えたいんじゃないかと。
自分の不足していた所を認めるのは辛い事だけど、そのままでは
また同じことをくりかえしてしまうと警告されているような気になりました。
オープニングの「模擬内閣」は客席を背にしていたけど、最後には
客席側を向いているんだよね、同じ配置で。それでもこの模擬内閣に揺るがない
意思を感じました。

最後のライト、空の椅子(亡くなった山崎)にスポットライトが当たって、幕。
亡くなった山崎は戦死ではなく、病死。
自分の体が病魔に蝕まれている事に気づいてはいたはずだけど、まるで
自分自身を罰するかのように、治療を拒んで亡くなった。
「自分に出来る事は無かったのか」、と問い続けて亡くなったという。
そして女将も実は自殺しようとしていた未亡人を助けて、一緒に住まわせて
居ただけだったらしい。自分が出来る事をしてこなかった事への贖罪、
そのせいで多くの人を死に至らしめた償いで、たとえ一人であっても救いたい
という山崎が切なかったなぁ。
あと、「全員を救えない事が、一人を救わない理由にはならない」というのも
素敵なセリフでした。


飲食シーン多かったな。以前なら気にならないけど、心配になっちゃった。

パンフに書かれていたから、余計に意識してしまったのかも知れないけど。

役者さん達も初見の方はいらっしゃらない事もあって、安心して
観られました。派手さはない作品でしたが、観終わった後でいろいろと
考えさせられる1本で、そういう面でも劇チョコらしい1本だったなと思いました。