朝からチケ取り1件こなし、髪を切って、それから金山へ。
時間としてはタイミング良かったんですけど、朝から大雨で
靴の中が雨でグジュグジュ。気持ち悪ぅ・・・。

日本人のへそ「日本人のへそ」名古屋市民会館 き列
13:05開演、16:10終演
脚本:井上ひさし   演出:栗山民也
出演:井上芳雄、小池栄子、朝海ひかる、久保酎吉、土屋佑壱、前田一世、藤谷理子、木戸大聖、安福毅、岩男海史、山崎薫、大内唯、山西惇
【あらすじ】
 東北岩手から集団就職で 上京した田舎娘は希望に胸膨らませていた。しかし現実は、希望に膨らむ胸でなく、彼女のはじけそうな二つのオッパイに、男達の欲望がふくれてあがる。職を転々、男を変転と流転続きで、果てはストリッパーへと転落なのか・・・・、いやいや、男の玉を手玉にとって、天下に成り上がる。その娘の名前は、――― ヘレン天津。



開演10分前に着いたのに、地下道にまで入場待ち行列が続いてる。
どうやら連絡先カードを書かせるためのオペレーションが悪いらしい。
えぇぇ、これ、13時に開演できますか?って感じです。
(結局5分押しで開幕。よく5分で済んだよ・・・)






キャストがバラバラ・・と発声練習らしきものをしながら舞台上に出てきて、
一文字ずつ区切りながら

「昔、ある所にカタカナという国がありました。
そこの国の王様、カキクケ公が幼い王子を残しておかくれになりました・・
(まだまだ続く)」

50音を使ったお話(っていうのか?)を読み上げていきます。
うわあ、このお話だけでもすごくよくできてるよね・・と、薄ーく感動。

どうやらこの人たちは、吃音の治療のために集まっているらしく、
普段の会話では上手く話せないが、芝居のセリフならば話せる・・
という事で、治療の一環として芝居をしてみることになりました
と言うものらしい。
作品中では何度も「どもり」と表現されていて、実際にこの作品が
書かれたころには抵抗がない単語だったのかもしれないなーと思うのですが
私自身、知り合いで吃音に悩んでいた人を知っていたため、どうもこの
「どもり」という単語を使う事に心理的な抵抗があるので「吃音」と
書かせて頂きたいと思います。(作中で「どもり」と言う表現が使われている
事に対してのネガティブな意見って訳ではないです、私自身が使いたくない
というだけです)
実際、その私の知り合いも、いつも上手く会話ができない訳ではなく
「上手く伝えよう」と思っている事だったり、まだ初対面の頃に
コミュニケーションが上手く取れない頃には、吃音の症状も良く出て
いましたが、次第に気にならないレベルになっていったので、心理的な
要因が少なからずあるんだろうな・・とは思っていました。
なので、「芝居のセリフ」という「第三者」の言葉を話す事が出来る
と言うロジックも、何となくわからなくもない。

この治療を兼ねた芝居というのが、岩手から集団就職してきたヘレン天津
(小池栄子)の半生を描くものです。
最初はおぼこい田舎娘だったのが、ストリッパーとなり、ヤクザの女
になって最後は政治家の愛人にまで上り詰める(?)と言う内容。
小池栄子さんが凄い、と言うのは今までに散々拝見しているのですが
今回もいろんな意味ですごかった。
いつも思うのが、気前がいいというか、思い切りのいい演技。
田舎娘からストリッパーになり、ヤクザの女から政治家の女まで
目つきもどんどん変わっていきますから。
また凄いプロポーション。どうしてもお胸が大きいので太ってみえがち
だけど、実はすごいスレンダーなのが分かります。

1幕がとにかく長くて、ヘレン天津が愛人になった政治家が背中から
刺されて「えーどうなっちゃうの?」で終わり。

2幕になると、出てくる女性も男性も片っ端から同性愛者だったりして
もうハチャメチャで・・・と思ったらのどんでん返し。
えーっと・・・ちょっとついていけないスピード感(笑)。

出てくるキャストは皆さん歌もお上手で華のある人が多いですから、
殆どミュージカルじゃね?って思う所も多くて耳福なんですが
(こまつ座って、必ずしも歌ウマさんが歌うとは限らないのが、
いいのか悪いのか・・と思うことが多いので)
良くも悪くも上手いからこそ、洗練されちゃってる感じはあったかな。
パワーというか、勢いのある作品であることに違いはないし、見どころも
一杯あったのですが、自分のコンディションの悪さも相まって、とうとう
何となく乗り切れないうちに終わってしまった感じでした。
面白いと思って観ていたし、役者さんもすごい‥とは思ったのですが。

「日本人のへそ」は、井上ひさしさんの劇作家としてのデビュー作
なんだそうです。それだからか、井上ひさしさんご自身の経験なども
ふんだんに取り入れられているのかもしれません。
こまつ座(井上ひさし作品)は幾つか観ていて、思わず泣いてしまうような
心に残る作品がいくつもあるのですが、改めて観てみると、そういう作品は
井上さんの中期から後期の作品が多いようです
この作品が私の「井上ひさし」作品とはちょっとタイプが違うな
と思った原因の一つなのかもしれません。