開演が14時だったので、朝イチでジョギングしてから東京へ。
今日が初日だったみたいで、初回公演でした。

一九一一年
劇団チョコレートケーキ 第34回公演
「一九一一年」シアタートラム C列(最前列)
14:00開演、16:15終演
作:日澤雄介   演出:古川健
出演浅井伸治、岡本篤、西尾友樹、青木柳葉魚、菊池豪、近藤フク、佐瀬弘幸、島田雅之、林竜三、谷仲恵輔、吉田テツタ、堀奈津美

【あらすじ】
「一九一一年一月、私は人を殺した。」
一月二十四日から二十五日にかけて、十二人の男女が得体の知れない力によって処刑された。日本近代史にどす黒い影を落とす陰謀がそこにあった。何が十二人を縊り殺したのか?




新幹線が熱海駅を通過するとき、先日の土石流の現場付近で減速。
席が海側だったこともあり、車内から見る限りは災害の爪痕は
目に入らなかったのですが、こうやって観劇目的に出かけるのが、
何だかとても申し訳ない気持ちです。
だからという訳ではないですが今年のふるさと納税は熱海市へ。
何度も旅行に行っている土地でもありますし・・・。

で、劇チョコですが、劇団公演を最初に観たのが「27回」で、
企画公演などもあったので、これが10作目という事になるみたいです。
この作品は10年前に上演され、劇団のターニングポイントになったとか。
アクターアクトのある回に観られるのが理想でしたが、今はできるだけ
遠征をコンパクトに・・が必須なので、図らずも初日公演の観劇
という事になりました。

脚本を書かれた古川さんは、この作中にも出てくる幸徳秋水について
卒論を書かれた事があるんだそうですよ。

最前列のど真ん中・・・・。
私、こんな緊張する席、選んだっけ(笑)?
(いつもは劇場で支払い、チケット引換なんですが、今回に関しては
コロナウイルス対策で事前にプレイガイド発売で、席は選んだと思うのですが)

開演前の会場には、うっすらと風が吹き込んでいるような音が流れています。


 


この作品が「大逆事件」を扱ったものである・・と言う事は知っていましたが
では、私がその「大逆事件」を知っていたかと言うと、答えは否。
いい歳してお恥ずかしい限りなんですが・・・。
この作品はその中でも「幸徳事件」の話になります。
事前にざっとwikiで情報を仕入れておいたのと、開場時に渡される
レジュメで、当時の司法制度についても情報を入れて、いざ開幕です。

セットは、机や椅子(昔の職場で使っていたような木製のもの)を高く
積み上げてある壁状のものが、正面にど〜んとあるだけ。
その「机と椅子」というのが「裁判所」という“法”を扱う場所の象徴でもあり
高く積み上げられた様子が、体制側の思惑を打ち壊すには難しい
高い”壁”でもあり、積み上げられただけの不安定な状況(実際はがっちりと
固定してあるんでしょうけど)が、その頃の不安な情勢を表しているようで
その壁が客側に迫ってきて、アクティングスペースが広くなったり、
狭くなったり・・というのも、非常に示唆に富んだ演出だなあ、と思います。

幕が開くと、舞台の中央には白髪頭で、少し背中が曲がったようなご老人が。
これ、西尾さんだったんですよね。
あまりに雰囲気が違うから(生気がない)気づかなかった・・・。
西尾さん演じる、元東京地裁検事の田原巧が、1911年を思い出すシーンで
幕が開きます。「1911年1月、私は人を殺した−」と。
柿色の囚人服を着て、編み笠を被った人たちが次々と前を通り過ぎ
その中の紅一点の女性が「睦仁と私は同じ人間なのですよ」と語り掛けます。

そして時代は戻り、1910年。
東京地裁の判事2名が、大審院の仕事を手伝うように辞令が下される。
田原(西尾)と牛尾(佐橋)が命じられたのは「刑法73条」案件の予審判事
として関わる事。
「73条」とは大逆罪を表し、皇室に危害を加える犯罪を行うか、それを
企てただけでも適用され、刑罰は死刑と決まっている事。
当時でも地裁→控訴審→大審院という三審制を取っているにも拘らず
大逆罪は「大審院」の一発で刑罰が確定してしまう、という、今から考えると
驚くべき被告に不利な司法制度なんですね。

地裁判事としては誇るべき抜擢ですが、田原は資料を一読して表情を
曇らせます。政府としては「目の上のたんこぶ」状態であった
無政府主義者の幸徳秋水がこの犯罪に関わっているという「結論」ありきで
進めようとしているのが分かったから・・・。
それは大審院の意志であり、ひいては明治天皇の意志であることも推察され
どう頑張っても抗う事が出来ない。

司法に関わる者として、「裁判の名を借りた暴力だ」と田原はその状況に
納得できないものの、個人の力でどうにかなるものでもなく、自分の保身、
ひいては自分の命を考えると、敷かれたレールに乗るしかない。

自分の本意ではない方向に物事が進み、自分が何も出来ない事、
その「本意ではない方向」の行く先には「死刑」が待っているという重圧、
幽月が正直に話していると分かっているにも関わらず、幸徳秋水の女性関係
を伝えて動揺させようという、卑怯な手段を強要される・・・。
幽月以外も寝かせないように尋問を続けて、判事側に都合のいい発言を引き出し
自分達に都合のいいストーリーに合うような犯罪者を仕立てていく。
そんな「働けば働くほど、無実の犯罪者を生んでいく」状態にすり減る田原。

「無政府主義者なら、天皇陛下に対する危害を企てる事もあるに違いない」
という思い込みが、事実として成り立っていく怖さ。
しかし、その事が「でっちあげ」と分かっていて、自分達の痕跡を残さず
大審院の次席判事に責任を負わせようにする大審院や検察側のトップ。

もともと西尾さんは大好きな役者さんですが、この「苦悩する」とか
「不器用で熱い男」はめっちゃハマってましたねぇ・・・。
もう、慰労会のシーン辺りからは西尾さんの目、真っ赤でしたもん。
そして、幽月を演じた堀奈津美さん。いやー、この役にピッタリですね。
ちょっとツンと上を向いて話す気位の高さと共に意志の強さ。
彼女の思う「自由」。
何に依存することなく自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の言葉で話す・・。
誰の「自由」も等しく尊いという事、自分を尊重するように他人も尊重する事。
その考えは、今聞いても全く古くも、おかしくもない。
でも逆に言えば、明治後期では、先を行き過ぎていたんだろうな・・・。
そしてその理想が正しいのかどうか、田原は「分からない」と答えます。
そうか、分からないのか・・・、その頃は・・・と。

幽月と話す事で田原の苦悩はますます深まり、かといって裁判は止まらない。
結果、20名以上が「死刑」を宣告される事になってしまう。
裁判が終わった打ち上げの場で「全員特赦を」と土下座する田原に、
他の判事たちも同調する事になります。
あー・・・体制側に取り込まれていたと思っていた人達が、実は心まで
体制に取り込まれていなかったんだ、と救われたような気持ちになった
そんな一瞬でしたが、その直後に言い放たれた

「この世に慈しむべき民など存在せぬ、我々にとって無害な民と
 我々にとって有害な民がいるだけである」

このセリフはねぇ・・・かなり衝撃的なセリフではあるのだけど、
今の政治を見ていると、その考えは今も変わっていないのかもね・・と
暗澹たる気持ちになりました。

カーテンコールの際、西尾さんのお顔が汗だくながら、ホッとしたような、
充実感を感じてるような表情で、それがとても印象的でした。

そうそう、私もこれ、考えながら舞台を観ておりました。
思った以上にガツンと来た1本でした。
緊急事態宣言がなければ、もっと多くの人に観てもらいたかったなぁ・・。

来年の8月は新作1本と、過去作品4本!!の上演とか。
どうやったらそんな上演が成り立つのか、全く想像できないのですが
せっかくなので、「追憶のアリラン」、映像でしか観たことが無いので
是非舞台を拝見したいなぁ・・と思っております。